月の逃走
トイレでひとり歌っていると
月がころがりこんで来た
裸のままで
自転車に乗って
暗喩の森を駆け抜けて
月がわたしに会いに来た
外の通りを 美しい女が歯を磨きながら歩いていく
公園のベンチでは
妊婦服を着た男がリンゴジュースを飲んでいる
世紀末には健康がつきものだ
空にぽっかりあいた穴
月のような不安も月のような憂いも消えて
「のような」たちが 穴のまわりをほがらかに飛びまわる
深淵の皺は伸び
つるつるになった苦悩の表面で
詩人たちがスケートを始める
月 ー わたしの — となりの
© 多和田 葉子/Yoko Tawada
Producción de Audio: Haus für Poesie / 2017
Producción de Audio: Haus für Poesie / 2017